漫画は子供の時代へ

少年倶楽部、幼年倶楽部

昭和初期、大日本雄弁会講談社が発行する雑誌「少年倶楽部」と「幼年倶楽部」から、たくさんの人気漫画が生み出されたことはよく知られている。たとえば、次のような作品である。
  • 田河水泡「のらくろ」−「少年倶楽部」昭和六年一月号1十六年十月号
  • 島田啓三「冒険ダン吉」−「少年倶楽部」昭和八年七月号1十四年二月号
  • 中島菊夫「日の丸旗之助」−「少年倶楽部」昭和十年一月号1十六年九月号
  • 阪本牙城「タンク・タンクロー」−「幼年倶楽部」昭和九年九月号亅十一年十二月号
  • 吉本三平・芳賀まさお「コグマノコロスケ」−「幼年倶楽部」昭和十年八月号−十六年六月号
これらの連載漫画は、単行本化されてさらに人気を博した。しかし、そうした連載も昭和十六年の秋までには終わってしまう。太平洋戦争直前に漫画に対する情報局の指導があったためだと言われる。たとえば「のらくろ」は作者が情報局に呼ぴ出され、「最友好国(満州国)の国民を豚で表現するとは何事か。お前の描いている内容はブルジョア商業主義にへつらい、国策を侮辱するものだっ!」と怒鳴られたという。

情報局も無視できなくなったくらい、昭和戦前期は子供漫画が急速に子供の生活の中に入り込んでくる時代となった。その中心的な送り手が講談社であった。講談社の雑誌が昭和に入って急に漫画を重視するようになったのは、一つの事件がきっかけになっている。

高畠華宵事件

「少年倶楽部」の名編集長といわれた加藤謙一が講談社に入社したのは、大正十年四月のことだった。彼は入社後間もなく「少年倶楽部」の編集長に抜擢される。社長・野間清治の英断であった。当時、「少年倶楽部」の発行部数は二万五千部程度であった。加藤は斬新な企画を次々と打ち出して、そのマイナーな少年誌を大きく育てていく。

大正十一年新年号の発行部数は六万部、大正十四年新年号は実に四十万部に達する。しかし、この年、その「事件」が起きたのだった。高畠響宵事件である。

当時、高畠華宵は最も人気のある挿絵画家で、講談社のすべての雑誌に描いていた。そのため、画料は請求されるままに支払うという異例の待遇たった。しかし、その画料が高騰してきたので問題になってきたのである。そこで、他の寄稿家の手前、画料値上げをひかえてもらおうということで、加藤謙一ら関係者が交渉に出かけた。しかし、高畠は譲歩しないばかりか、執筆を拒否し、さらには最大の強敵誌「日本少年」(実業之日本社発行)に乗り換えてしまう。

たちまち読者離れが起こった。大正十五年新年号は、前年より十五万部減の二十五万部になってしまったのである。この事件で加藤は、一人の人気作家に頼る編集方針の危険性を身にしみて昧わった。その教訓によって、新しい画家の発掘に駆けまわる。こうして山口将吉郎・林唯一・伊藤彦造・樺島(椛島)勝・川上四郎・岩田専太郎らが「少年倶楽部」に登場するようになる。読物の充実にも努力し、吉川英冶の「神州天馬侠」、高垣眸の「竜神丸」「豹の眼」、大仏次郎の「角兵衛獅丁子」「海の男」、佐藤紅緑の「ああ玉杯に花うけて」などが連載され、前記画家たちの挿絵とともに人気を博するようになる。そして昭和三年には四十五万部という創刊以来の最高記録を達成した。

「のらくろ」の成功

その頃、加藤は同じ青森県出身の佐藤紅緑に「『少年倶楽部』には漫画が少ない。漫画は雑誌全体を明るくするし、家じゅうの人が楽しめるからね」といわれた。

それからというものは、次の飛躍には漫画の充実が不可欠だと思うようになった。まず彼が思いついたのは、それまで「少年倶楽部」に「目玉のチビちゃん」という連載漫画を二年間ほど描いていた田河水泡の起用であった。そのころ日本の漫画には動物を主人公にした漫画はなかった。おそらく加藤は、そのころ「時事新報」の日曜付録「時事漫画」に連載されていたアメリカ漫画「猫のフェリックス」(パット・サリバン作)からヒントを得たのであろう、犬を主人公にした漫画を思いつく。

加藤は田河に「犬を主人公にして、犬たちに兵隊ごっこをやらせたらどうでしょう」と持ちかけると、田河は「それは名案ですね」と即座に賛成した。こうして「のらくろ」が誕生することになる。昭和六年新年号から連載された「のらくろ」はたちまち人気を博し、ついに十年にもわたる大長編漫画になった。そして、「のらくろ」の成功は講談社に漫画重視の方針を打ち立てさせたのである。加藤は昭和十年まで編集長をつとめ、七十五万部まで部数をのばした。

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